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初期大和王権の成立に大きな役割を演じた西播磨」
西播磨 古墳時代後期末の鍛冶炉跡が出土 有年 牟礼・井田遺跡を訪ねる   1103une02.htm
2. 有年 牟礼・井田遺跡 現地説明会 


有年牟礼・井田遺跡発掘調査の直接担当の兵庫県立考古博物館 岸本一宏学芸員の案内・解説で現地説明会 2011.2.11.
 

午後1時30分 参加者は約30名ばかり。地元の人たちがほとんどである。 
有年牟礼・井田遺跡発掘調査の直接担当の兵庫県立考古博物館 岸本一宏学芸員の案内解説で
調査区内の遺構のすぐそばまで立ち入っての現地説明会が始まった。
 
きさくな判りやすい解説で 色々質問も飛び、和やかな現地説明会。
「この有年 牟礼・井田遺跡から 鍛冶工房が出土したといっても これはまだ そんな風に言えるがどうか 判らないのです。
 現状では 集落の端にあって 集落の人たちの村の鍛冶屋かもしれない。 新聞・TVが伝えるほど大々的なものかどうかは これから
 ただ 西播磨で初めて出土した古墳時代末の鍛冶工房の遺構 」と。

また、 この調査区はさほど広くはないのですが、「弥生中期の集落の端と小河川跡 そして 古墳時代後期末の集落の端にある鍛冶工房
とこの集落の端にある平安時代の矢野川の河川跡」と積層した遺構がきれいに時代を越えて姿を現しているのにはびっくり。
とくに ぐるりの景色をみながら 時代を遡る河川跡とその岸にある集落がづづぃてれたのもうれしい。

 
            弥生中期の土器群と弥生時代中期の小河川跡
     弥生時代中期の小河川跡と弥生の土器集積出土地から奥 古墳時代の鍛冶工房跡出土地

  

   赤茶けた焼土や黒い炭が集積 廃棄場所 また 奥に楕円形に硬く焼しめられ田場所があり炉跡とみられる
この区域からは鍛冶炉跡 炭・焼土の廃棄場所跡  建物跡とみられる柱穴穴を伴う平坦面 なと゜の遺構とともに鉄滓・鍛造剥片 周辺部から 鞴羽口片がみつかり、 古墳時代後期末(6世紀末頃)の鍛冶工房跡とみられる
また、「これらの遺構は今回の調査区の更に西側の未調査区につながっているとみられ、
ここに古墳時代後期の集落中心部があるとみられる。 

この鍛冶工房も この集落の「村の鍛冶屋」なのか 
もっと規模の大きなものなのか 
さらなる調査に待たないと何にも言えない」と。

                        出土した鍛冶炉跡                 出土した鍛冶関連の遺物    

 
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鍛冶炉跡は黄白の高温に焼き締められた部分と赤茶けた色の部分がみられるが、 「鍛冶炉そのものはすでに削り取られていて、炉の構造の詳細はよく判らないと。
また、この地域の北側山腹にほぼ同時代の塚山古墳群があり、
おそらくこの人たちがこの鍛冶工房をいとなんだのであろう」と。

一番興味のあったこの人たちと渡来や大和の職能集団との関係は
「よく判らす、一部朝鮮半島系の遺物も出ていることは出ているが
 明快な関係を示唆する遺物は出ていない」と。聞きました。

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