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青森・八戸 縄文の郷 「是川」   2008.10.30.

13. 縄文文化を代表する是川遺跡・風張遺跡を訪ねる
● 縄文漆の素晴らしい文化を咲かせた縄文晩期の是川中居遺跡
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● 墓域のある広場を環状に取り囲む住居群 縄文後期の環状集集落 風張遺跡
2008.12.15.  by Mutsu Nakanishi
左手奥 八戸の中心街から太平洋 中央を馬渕川が流れその向こう丘陵地に是川遺跡 そして右手奥 種市岳

      1. 八戸の街から縄文の里「是川」へ     korekawa01.htm


 左手奥 八戸の中心街から太平洋 中央を馬渕川が流れその向こう丘陵地に是川遺跡 そして右手奥 種市岳
是川遺跡・風張遺跡のある「是川 縄文の里」は、地図によると八戸市の市街中心部から南へ約4キロ離れた所 
市街地を取り囲む丘陵地の一角にある。
岩手県北部北上山地から北流して八戸市で太平洋に注ぐ新田川が八戸の平地に出る手前のところで 
新井田川が丘陵と丘陵の間中を縫って流れ、その両側になだらかな傾斜の段丘が広がり、
この左岸の傾斜地一帯に是川遺跡、右岸の高台に風張遺跡がある。

是川遺跡はこの新井田川左岸の傾斜地にそれぞれ隣接して遺構が存在する3つの縄文遺跡の総称

    ● 中居遺跡=約45,000u、    縄文時代晩期 卓越した縄文漆の木工品・土器が多数出土
    ● 一王寺遺跡=約18,9000u   縄文時代前期−中期の円筒土器がはじめてみつかた遺跡
    ● 堀田遺跡=約1,1000u 縄文時代中期の遺跡

特に川に接する一番低い段丘に卓越した赤漆塗りの漆工芸技術を示す植物性遺物(弓、櫛、腕輪、藍胎漆器などの木工品類ほか)や土器など是川遺跡の中心遺跡中居遺跡から出土し4000点をこえる出土遺物は工芸的にも優れ、「縄文の漆」を代表する遺跡として全国的に注目される。 
この是川中居遺跡の横に是川縄文学習館と歴史資料館があり、是川遺跡の出土品が展示されていると言う。

また、新井田川をはさんで対岸,是川遺跡から500mのところに縄文後期の集落遺跡で合掌する土偶が出土したことで有名になった風張遺跡がある。 
合掌土偶と共に私の興味は墓域がある広場の周囲を環状に竪穴住居が取り囲む縄文環状集落の大遺構。
日本人の心のルーツ 縄文人の心を映すサークルがどんなところに配置されているのかを見るのが一番の楽しみ。

何度も本で読んだり、その出土品に眼を奪われたりで、遺跡の名前は良く知ってはいるのですが、
その場所については 五万分の一の地図と泊まったビジネスホテルで教えてもらった簡単な八戸のアクセス地図が頼り。 まあ、是川の郷に行けば、遺跡の横に是川縄文館があり、是川の縄文漆も見られるし、
風張遺跡のことも分かるだろう。
10月30日 前日の変わりやすい天候から一転 素晴らしい快晴の朝。 とにかく 早く是川の郷に行き着こうと 
腰にGPSをつけて7時過ぎに出発。教えてもらったとおり、JR八戸線 久慈行の通勤・通学列車に乗り込み、
馬渕川を渡って本八戸へ行く。
この本八戸駅が街の中心駅で多くの人が乗降しましたが、あっという間に人が散って誰も居なくなってしまった。

                 JR本八戸駅 2008.10.30.朝
駅前から南部バス「市の沢行」に乗り、縄文学習館前で下車すれば、直ぐ前だと聞きましたが、本数が少なく時間が合わない。歩いたら遠いと言う。 思案していたら、目の前に「是川団地行」のバスが停まる。
近くまで行くやろと乗り込むが、ダメだと言うのでやむなく降りてタクシーにする
是川に行って分かったのですが、「是川団地行」のバスで是川の丘陵地へ上り、この丘陵地を真っ直ぐに下れば、風張遺跡を経て是川へ 約20分ほどのWalkでゆける。歩くのが弱いとみられたのか・・・
駅前から 商店や市街地ビルが建ち並ぶ狭い道を縫って八戸の街を抜けてゆく。 
新幹線八戸駅は馬渕川の左岸側で田園地帯の広がる平地の新市街地なのに対して、川の右岸の八戸の中心市街地が広がる本八戸周辺は丘陵地の端で 起伏のある狭い街の中心地が続く。 
10分ほどでこの市街地をぬけ、郊外の丘陵地に広がる住宅街 中居林へ。  
中居林の分れから南へ。ここから丘陵地を登って丘を回りこみながら乗り越すと、丘が連なり、その斜面に畑が広がる丘陵地の真っ只中。
左手の丘陵地との谷間を新田川がみえ、川に沿うように下ってまもなく信号のある大きな十字路へ。 その十字路の際に「縄文の郷 是川」の大きな看板があり、その十字路を越えたところが是川縄文学習館のバス停で、右手丘側に是川中居遺跡の標識があり、復元された竪穴式住居が木々の間に見え、その奥に縄文学習館が見える。 
本八戸からタクシーで20分足らずだった。

縄文の里の看板是川遺跡               南から流れ下る新井田川左 風張の丘陵地  右 是川遺跡
縄文学習館前の十字路
是川中居遺跡の中心部 
縄文学習館地区全景

縄文学習館入口     縄文学習館前広場に復元された風張遺跡型竪穴住居 
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是川遺跡 中居遺跡の中にある縄文学習館前  2008.10.30.
南から北へ流れる新井田川の岸になだらかなスロープを描いて畑が広がる丘陵地の東斜面の一番下 川岸のところに小さな集落の家々に取り囲まれて、是川遺跡の中心部 是川中居遺跡があり、その一角が縄文館の敷地。是川遺跡を代表する縄文晩期の数々の漆塗りの木工品・土器が出土した場所である。この土地の所有者であった人たちの見識ある発掘と出土品の保管により、大正時代からの発掘の記録や縄文を代表する貴重な出土品が散逸することなく、今も見られる貴重な遺跡でもあると言う。この多数の出土遺物のう633点が重要文化財に指定された。(1962)
 また、1999年からの発掘で新たに漆塗りの木工品・木柱・植物を編んだ網代などが多数発掘されると共に、縄文墓域や縄文後期の竪穴住居や弥生前期の竪穴住居など、居住域が明らかになりつつあり、また、同時に向かいの丘から縄文中期の環状大集落風張遺跡も出土し、両遺跡の関係などが縄文の見事な漆製品と共にさらにクローズアップされるに至った。
是川遺跡・風張遺跡の発掘概要は別項「是川遺跡・風張遺跡の概要」にとりまとめましたので、
そちらをご覧ください。
 
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korekawa01.htm   2008.10.30.  by Mutsu Nakanishi